2019年07月13日

だがそもそも、つながる事に意味はあったのか。

 HTML直打ち日記からレンタル掲示板、個人ブログを経てmixi、twitterへと至った僕のソーシャルなネットワーク探しはどこに向かったのか。
 SNSが身近に出現したことで僕は、ソーシャルなネットワークを躍起になって構築しようとしていた、あの情熱を失ってしまったのではないか。自らの働きかけが特になくてもゆるやかにつながってしまえるこのシステムに、僕の積極性は死んでしまった。
 みんながやっている事をただ何の検討も無しに同じようにやり、同じように繰り返すとしたら、それは何もしていないのと同じだからだ。

(※注※ これは老人の「昔は良かった」です。)

 だがそもそも、つながる事に意味はあったのか。
posted by 哲 at 00:48| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記
この記事へのコメント
 こういう日記をいっぱい書いてたな、20年前!
 これが老人の「昔は良かった」だぞ。
Posted by 中村哲也 at 2019年07月13日 00:56
ものすごくデジャヴったのですが、神林長平さんのSF小説でした。
繋がることが当然、繋いでいることが前提のシステムなんて、
繋がる方にも繋げられる方にも何ら惹かれるものが無い。

・・・老いたなあ
Posted by at 2019年08月10日 20:22
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